社会福祉法人 明照浄済会の概要


 社会福祉法人・明照浄済会は、大正二年創設。
 創設者、清水法隆師は、同会に協力支援をする同志を得て、旅館を買い取り、無料宿泊救護所、無料職業紹介所、釈放人保護所等を開始。
 その中で、社会的自立が困難な、母子、弱者を重点的に救済していった。
 大正、昭和期を通じて、約3,000人の人々を救済保護をした。
 昭和20年、終戦後の混乱の中で、母子家庭の福祉施設として運営し、昭和28年、明照母子寮(30世帯)として法人認可を受ける。
 昭和29年、児童養護施設(30名)を併設。
 昭和59年、明照児童館を設立。平成9年、学童クラブ・明照こどもクラブ開始。地域児童での健全育成と共に、地域住民の子どもの養育の中心となる親、家族に支援していくことを目的として、子育て家庭支援センター柊を平成14年に設置。地域に向けた3つのセクションを有機的な連携のもと、社会的養育を目的として、大きくとらえた活動を展開しつつある。


(写真)清水法隆師  清水法隆師は、浄土宗僧侶であり、一生を社会福祉事業に捧げました。
 明治22年京都法学校卒業後、浄土宗門に入り法然上人の教えについて学業をつみ、寺院での浄土教育を行いました。
 その実践の中で、地域住民の幸せを求め、人としての尊さの関係を築く輪を広めていきました。
 伊勢の地で、福祉の拠点として明照浄済会を創設しました。
 一生、入所している人々と苦楽を共にして生活をしました。約3,000人の人々とかかわっていくことに仏教徒としての証しをたてられました。



経営
創立/ 大正2年4月24日(1913年)
事業/ 母子生活支援施設 サラナ(定員20世帯)
  児童養護施設 精華学院(定員30名)
  児童厚生施設 明照児童館
  放課後児童健全育成事業
明照こどもクラブ(定員20名)
子育て家庭支援センター 柊

あゆみ
創立 ●明治41年10月、我が国で初めて感化救済事業の講習会が内務省主催で開催されたとき、三重県飯南郡飯南町下仁柿両泉寺住職清水法隆は県代表として受講し、社会事業開設の念をいよいよ深くした。 大正2年4月に至り同志森島誠諦、井上南山、松本古月、駒田円応等とはかって、伊勢市吹上町の現在の地にあった旅館を購入して、明照浄済会を創立し、清水法隆が会長となり、無料職業紹介所、宿泊救護、釈放人保護、教化訓育の事業を始めた。
地域活動 ●大正5年11月、地域社会の教化、並びに文化活動をめざして、明照館と称する講堂を新築して、定期講習会、日曜学校、或いは各種講習会、慰安演芸会などを開催した。
  ●昭和8年4月保育所明照園を開設して幼児の福祉を図った。
事業の拡大 ●昭和10年6月、全施設の新築、増築、改築を行って内外ともに面 目を一新して事業の拡張を図った。
戦災復興 ●昭和20年7月、伊勢市が戦災を受けたとき、近くまで焼けたが幸いにその難をのがれたため全施設を開放して罹災者の応急的救援に当った。
  ●昭和22年4月、施設を整備及び増改築を行って戦争の惨禍によって夫を失った母子の保護に当るため事業を転換して母子寮を開設した。
  ●昭和28年1月、社会福祉事業法によって社会福祉法人明照浄済会明照母子寮の認可を受けた。(定員30世帯100名)
母子福祉 ●昭和29年7月、更に本会は孤児等薄幸な児童の福祉をめざして養護施設清華学院を併設した。(定員30名)
児童の養護 ●昭和45年12月、精華学院児童ホール完成、社会情勢に応じた指導体制を作り出す。
母子寮の改善 ●昭和46年3月、明照母子寮、居室棟改築(鉄筋コンクリート3階建9世帯分)母子室の個室化を計り、より充実した生活の場を与え母子の福祉向上に資した。
  ●昭和49年3月、明照母子寮本館改築、鉄筋コンクリート3階建(一部2階)管理棟、指導棟、ホール、母子室11世帯完成、計20世帯約60名入所可能となる。
精華学院の改築 ●昭和51年1月、精華学院児童棟鉄筋コンクリート3階建、竣工
児童館創設 ●昭和59年8月1日、明照児童館建設、開館する。地域の拠点作りを行い、児童の健全育成に努める。
学童クラブ開設 ●平成9年4月1日、明照児童館に放課後児童健全育成事業、明照こどもクラブを併設する。
子育て家庭支援センター設置 ●平成10年7月1日、児童福祉法の改正により明照母子寮を母子生活支援施設サラナと名称変更した。
子育て家庭支援センター設置 ●平成14年10月、子育て相談支援を目的として、センター「柊」をたちあげ、地域での子育て支援活動をはじめた。


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